インドを覆う絶望と悲しみ、コロナ危機の凄惨

インdo番外編

The Wall Street Journalに「インドを覆う絶望と悲しみ、コロナ危機の凄惨」という日本では報道されない凄惨な記事があった、原著3400字を5分で読めるように要約する。

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インドの感染状況

インドのコロナの感染急拡大は、独立国としての74年の歴史で最悪の国家的悲劇になった。

ウイルスの力が保健医療システムを圧倒し、4月半ば以降の死者数は14万人以上に達した。

5月上旬からは新規感染者数が減少傾向にあるが、埋もれた記録を探し出し内部の調査を進めているインドのジャーナリストらは、政府発表の何倍もの死者が出ている証拠を見つけている。

 

インドの病院

出典:WSJより

 

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凄惨な状況になった原因は?

火葬場が足りないか家族に葬儀資金がないため、ガンジス川の土手に多数の遺体が漂着している。ビニールに包まれたものも、そうでないものもあるが、いずれも膨れ上がり、腐っている。

 

ガンジス川

出典:WSJより

 

病院の医師らは、医療用酸素が足りず、あと30分あるいは1~2時間で患者が死に始めるとして、酸素ボンベが欲しいと涙ながらにテレビで訴える。

ソーシャルメディアには病院のベッドや酸素ボンベ、薬を求める家族の投稿があふれる。

人々は死を回避するため、一般市民による助けや法外な価格のブラックマーケットへの依存を強いられている。

ニューデリーにある全インド医科大学の整形外科医シャー・アラム・カーン氏は「これらの死の多くは、医療インフラが不足しているために起きている」と述べる。

「患者が病院にたどり着けないから、病床がないから、酸素がないから死んでいる。これがもうひとつの残酷な側面だ」

多くのインド国民は今、不安定な医療システムがコロナ禍を機に刷新されることを期待している。

 

家族の絶望と悲しみ

ジャヤント・マルホトラさん(23)は、遺体が並ぶ光景を決して忘れないと語る。

彼と父親は、新型コロナ感染症で死亡した人々のためにニューデリーで無料の火葬サービスを提供している。

疲弊した作業員らは火葬用のまきの山を次から次へと準備したが、遺体が運び込まれるペースはすさまじく、作業が追いつかない。

こうしたヒンズー教の火葬の儀式は、コロナ禍にあえぐインド国民の悲しみの象徴となった。

「昼までに20人の遺体を火葬したが、その作業が終わる前にさらに10人の遺体が運び込まれた。午後にはさらに10体増えた」。

マルホトラさんは4月から5月にかけての状況をこう話す。「そんな恐ろしい状況だった」

 

ベンガルール

出典:WSJより

 

それぞれの遺体には人生の、そして死のストーリーがあった。

ある男性は、病院のベッドが空くのを待って駐車場で一夜を過ごしている間に死亡した。

国外で暮らす子供たちが帰国できないため、近隣の人々や遺体安置所関係者らによって火葬場に運び込まれた夫婦の遺体もあった。

マルホトラさんによれば、コロナの家庭内感染が広がる中、2人、3人、場合によっては4人もの身内を失って悲しみに暮れる親族もいたという。

 オーストラリアのメルボルンに住むショアイブ・アブドゥル・ハミードさん(35)は、インドのベンガルールに住む家族がコロナに飲み込まれていく様子を遠い自宅から眺めるしかなかった。

インドへの渡航許可を得るためオーストラリア当局に申請したが却下された。

5月4日、ハミードさんの母方の祖母が亡くなった。その3日後、62歳の父親が亡くなった。ハミードさんは携帯電話の対話アプリ「ワッツアップ」で、おじたちが父親を埋葬するのを見ていた。

「父との最後の時間を過ごすために戻ることさえできなかった。この気持ちは生涯消えることはないと思う」

「最も悲しかったのは、何もできずに母をここから見ていたこと。抱きしめることも、慰めることもできなかった」

 IT企業のライターであるソハム・チャタジーさん(24)は、自身もコロナに感染していた、病院のスタッフが設定してくれたビデオ通話で意識不明の母親に歌いかけた。

1970年代のヒンディー語の曲で、2人が家族の夕食会で何度も一緒に歌ったものだった。