The Wall Street Journalで「武漢のウイルス流出疑惑、焦点は銅鉱山(前編・後編)」という興味深い記事があった、原著9800字を5分で読めるように要約する。
武漢のウイルス流出疑惑、焦点は銅鉱山(前編)
中国南西部の山奥、中国雲南省にある「廃銅山のコウモリのふん」説
2012年4月、中国南西部の山奥、中国雲南省にある廃銅山にコウモリのふんを掃除するため入った6人の鉱山労働者が原因不明の病気にかかり、うち3人が死亡した。
調査のために呼ばれたのは、中国の武漢ウイルス研究所(WIV)の科学者たちだった。銅山にいるコウモリから標本を採取すると、複数の新しいコロナウイルスが確認された。
自然界からウイルスがヒトにうつる例はここ数十年、頻繁に起きるようになっている。
鉱山労働者の症状
鉱山労働者に見られた症状について最も詳細な記述があるのは、中国南西部の昆明医科大学第一臨床医学院(第一附属病院)のリ・シュー氏がまとめた修士論文である。
リュウさん42歳の男性は、2012年4月2日から雲南省墨江ハニ族自治県にある銅鉱山でコウモリのふんを取り除く作業を行っていた。入院の2週間前から発熱とせきに悩まされ、直前の3日間は呼吸困難に陥った。せきをすると血の混じった赤褐色の粘液を吐き出すようになった。
CTスキャンで重症の肺炎と判明。多くのコロナ患者に現在見られる肺の状態と同じだった。だが血液検査などの検査で原因を特定することができなかった。
その翌週にかけて、墨江の銅山で働く30歳から63歳までの5人も同じ病院に入院した。全員がよく似た症状を示していた。
2012年8月半ばまでにこのうち3人が死亡。リ氏の論文によると、コウモリ由来のSARSによく似たコロナウイルスが原因であると疑われた。
謎のウイルス
後日発表された論文によると、それから1年ほどの間に、WIVの科学者はこの銅山に入り、コウモリ276匹分のふんの標本を採取。6種の異なるコウモリを確認したという。
彼らはその標本から遺伝物質を抽出し、遺伝子配列を解析した。標本の半分にコロナウイルスの陽性反応が出た。中にはSARSによく似た未確認の株も含まれていた。このウイルスは「RaBtCoV/4991」と名づけられた。
重要なのは、6種のコウモリ全てがコロナウイルスの重複感染(co-infection)の証拠を示したことだ。
このウイルスはよく似たウイルスと簡単に遺伝物質を交換し、新しいコロナウイルスを作れる。つまり潜在的にヒトに感染するかもしれない新型ウイルスを生み出すのに適した環境が整っていた。
2020年2月、武漢ウイルス研究所の石氏とその同僚は科学雑誌「ネイチャー」に論文を掲載し、「RaTG13」というウイルスの存在を明かした。「SARS-CoV-2」と非常に似ており、遺伝子配列が96.2%一致すると判明。今回の大流行を引き起こした新型コロナウイルスに、知られている限りで最も近縁であると分かった。
彼らは雲南省のコウモリから発見されたと述べたが、発見時期や場所は明らかにしなかった。
驚くべき類似性
だが続く数週間のうちに、中国国外の一部の科学者たちは、「RaTG13」と呼ばれるウイルスと、石正麗氏のチームが墨江の閉鎖された坑道で発見したウイルス「RaBtCoV/4991」の間に、標本採取時期および一部の遺伝子配列で驚くべき類似性があることに気づいた。
この点を明確にするよう科学者たちに繰り返し求められた石氏は、2つのウイルスは全く同一だと明かした。
今年武漢を訪れたWHO主導の調査団は3月、中国の専門家との共同報告書の中で、新型コロナはコウモリから別の哺乳類を介してヒトに感染した可能性が極めて高いと結論づけた。研究室からの流出については最も優先度の低い検討課題とした。
出典:湖北省の武漢ウイルス研究所(WSJより)
「武漢の研究室から流出」説
武漢ウイルス研究所の「機能獲得型研究」が怪しい
物議をかもす分野の一つは武漢ウイルス研究所が行っていた実験である。
既存のコウモリコロナウイルスの要素を組み合わせることで、新たなウイルスを作り、ヒトへの感染力が高まる可能性があるかどうかを調べるものだった。
「機能獲得型」研究とも呼ばれるこうした実験は、長い間、科学者の間で議論の的となってきた。
石氏はこれまで(2018年と2019年にも)、コウモリのさまざまなコロナウイルスについて、ウイルスの表面に存在する特定のスパイクタンパク質がヒトの細胞表面の「ACE2」と呼ばれる酵素と結合するかどうかを調べる実験を行ったと公表している。SARSウイルスや新型コロナウイルスがヒトに感染するのもスパイクタンパク質がこの酵素と結合するためだ。
現在、科学界を二分する疑問の一つは、こうした実験によって「SARS-CoV-2」が作られた可能性があるのではないか(偶発的なのか、あるいはどのウイルスがヒトに有害なウイルスに進化するかを調べる意図的な取り組みの一環かもしれない)ということだ。
米国基準より低い環境で研究を行っている懸念
最初のコロナ患者は2019年12月、武漢で見つかっている。
武漢ウイルス研究所で行っている危険な「機能獲得型研究」について、コロンビア大学の感染症専門家イアン・リプキン氏は、米国の求める基準より低いバイオセーフティーに基づき、コロナウイルスの実験を行っていたことに懸念を示している。
武漢ウイルスの研究者はこれまで十分かつ迅速な回答をしていない。
公開書簡に署名した一人で、シカゴ大学のウイルス学者であるバーナード・ロイズマン教授は、可能性としては、自然界に起源を持つウイルスが(意図的にせよ、偶然にせよ)武漢の研究所に持ち込まれ、そこから流出したことも考えられと述べた。「彼らは自分たちがそれほど愚かなことをしたと認めることができないのだ」
調査が進まない理由
拒否権を行使する中国
米国が調査を求めても中国が容易に拒否権を行使できるため、進んで支持する国はほぼない。
中国政府が抵抗するのは確実だ。同国はこれまでも情報アクセスを厳しく統制してきた。中国は自国の研究所の一つに新型コロナの起源があることも、WIV職員が感染したことも否定し、パンデミックが中国以外で始まった可能性を調査するようWHOに求めている。
閉鎖された銅山
中国当局は、銅山を調査しようとする独立した動きを妨害し、近くに検問所を設けた。
付近の村の住民が避難した様子も、鉱山で最近調査が行われた痕跡もなかった。銅山の入り口には近づけないほど植物が生い茂っていた。
米国の関与
ドナルド・トランプ前大統領は昨年、WIVからの流出説を唱え始めた。だが当時の米政権は何も証拠を公表しなかった。
同研究所の調査を求める動きを、諸外国の政府が後押ししてもおかしくなかった。だがトランプ氏がその問題を口にすると距離を置くようになったと、当時、米国の在ジュネーブ国連大使だったアンドリュー・ブレンバーグ氏は言う。「一夜にして変わった。大統領がそれに触れた途端、彼らは動きを止めた」
バイデン米政権は、研究所から流出があったとの立場は取らず、ただ、その可能性をより詳細に調査する必要があるとしている。
WHO主導の調査団に参加していた米NPO(非営利団体)エコヘルス・アライアンスのピーター・ダシャック代表によると、調査団はWIV訪問の際、データの閲覧を求めなかったという。
このデータベースには、WIVがエコヘルス・アライアンスとの共同研究で集めた情報が含まれていた。エコヘルスは米国立アレルギー感染症研究所(NIAID)から資金提供を受け、コウモリのコロナウイルスを研究するためWIVと協力していた。
ダシャック氏がWHO主導の調査団で役割を担ったことに違和感を覚える人もいる。同氏はWIVと密接な関係があり、昨年初め以降、ウイルス流出説をきっぱり否定している。
同氏によると、調査団への参加を申し出た際、WHOに利益相反申告書を提出したという。WHO側は、同氏の研究が利益相反に当たらないと判断したと述べている。